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長崎地方裁判所 昭和32年(行)1号 判決 1960年2月22日

原告 日本開発銀行 外二名

被告 松浦市長・松浦市 外四名

主文

一、被告松浦市長が、被告振興飛島鉱業株式会社に対する滞納処分として、昭和三一年一〇月五日、別紙目録(一)ないし(四)記載の各物件についてした公売処分は、これを取り消す。

二、被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社及び同上田鉱業株式会社は、いずれも、被告振興飛島鉱業株式会社に対し、

(イ)  原告日本開発銀行の関係において、別紙目録(一)記載の鉱業権のうち(1)ないし(3)の鉱業権取得登録の各抹消登録手続を、別紙目録(三)記載の家屋のうち(1)ないし(35)の家屋所有権取得登記の各抹消登記手続を、

(ロ)  原告中小企業金融公庫の関係において、

別紙目録(一)記載の鉱業権のうち(1)ないし(3)及び(6)の鉱業権取得登録の各抹消登録手続を、

別紙目録(二)記載の土地のうち(1)ないし(55)及び(57)ないし(75)の土地所有権取得登記の各抹消登記手続を、

別紙目録(三)記載の家屋のうち(1)ないし(5)、(7)ないし(9)、(11)ないし(16)、(21)ないし(27)及び(49)ないし(63)の家屋所有権取得登記の各抹消登記手続を、

(ハ)  原告株式会社福岡銀行の関係において、

別紙目録(一)記載の鉱業権のうち(1)ないし(3)、(6)及び(7)の鉱業権取得登録の各抹消登録手続を、

別紙目録(二)記載の土地のうち(1)ないし(55)及び(57)ないし(75)の土地所有権取得登記の各抹消登記手続を、

別紙目録(三)記載の家屋のうち(10)、(17)、(24)ないし(34)及び(48)ないし(63)の家屋所有権取得登記の各抹消登記手続をを、

それぞれしなければならない。

三、被告振興飛島鉱業株式会社は、

(イ)  原告日本開発銀行に対し、

別紙目録(一)記載の鉱業権のうち(1)ないし(3)及び別紙目録(三)記載の家屋のうち(1)ないし(35)

(ロ)  原告中小企業金融公庫に対し、

別紙目録(一)記載の鉱業権のうち(1)ないし(3)及び(6)並びに別紙目録(二)記載の土地のうち(1)ないし(55)及び(57)ないし(75)並びに別紙目録(三)記載の家屋のうち(1)ないし(5)、(7)ないし(9)、(11)ないし(16)、(21)ないし(27)及び(49)ないし(63)

(ハ)  原告株式会社福岡銀行に対し、

別紙目録(一)記載の鉱業権のうち(1)ないし(3)、(6)及び(7)並びに別紙目録(二)記載の土地のうち(1)ないし(55)及び(57)ないし(75)並びに別紙目録(三)記載の家屋のうち(10)、(17)、(24)ないし(34)及び(48)ないし(63)

について、別紙目録(一)ないし(三)記載の抵当権及び根抵当権の仮登録及び本登録の各回復登録手続並びに本登記の各回復登記手続をしなければならない。

四、被告上田鉱業株式会社は、原告日本開発銀行に対し、別紙目録(四)記載の物件のうち(1)(10)(13)(19)(123)(182)(209)及び(219)の機械器具を引渡さなければならない。

五、原告らの被告松浦市に対する訴は、これを却下する。

六、訴訟費用中原告らと被告松浦市との間に生じた部分は原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁

一、請求の趣旨

(イ)  原告日本開発銀行の請求

(1) 被告松浦市市長に対し、主文第一項の公売処分が無効であることを確認する。

かりに右請求が理由のないときは、主文第一項同旨

(2) 被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社及び同上田鉱業株式会社に対し、主文第二項(イ)同旨

(3) 被告振興飛島鉱業株式会社に対し、主文第三項(イ)同旨

(4) 被告上田鉱業株式会社に対し、主文第四項同旨

(5) かりに右(1)ないし(4)の請求が理由のないときは、被告松浦市は、金三、三五七万三、九三五円及びこれに対する昭和三二年一月一〇日からその支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うべしし。

(6) 訴訟費用は被告らの負担とする。

右趣旨の判決並びに右(5)につき仮執行の宣言を求める。

(ロ)  原告中小企業金融公庫の請求

(1) 右(イ)(1)に同じ

(2) 被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社及び同上田鉱業株式会社に対し、主文第二項(ロ)同旨

(3) 被告振興飛島鉱業株式会社に対し、主文第三項(ロ)同旨

(4) かりに右(1)ないし(3)の請求が理由のないときは、被告松浦市は、金二、九四八万二、〇四五円及びこれに対する昭和三二年一月一〇日からその支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

(5) 訴訟費用は、被告らの負担とする。

右趣旨の判決並びに右(4)につき仮執行の宣言を求める。

(ハ)  原告株式会社福岡銀行の請求

(1) 前記(イ)(1)に同じ

(2) 被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社及び同上田鉱業株式会社に対し、主文第二項(ハ)同旨

(3) 被告振興飛島鉱業株式会社に対し、主文第三項(ハ)同旨

(4) かりに右(1)ないし(3)の請求が理由のないときは、被告松浦市は、金四、八〇五万二、五九二円及びこれに対する昭和三二年一月一〇日からその支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

(5) 訴訟費用は被告らの負担とする。

右趣旨の判決並びに右(4)につき仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

(イ)  原告らの訴を却下する。

(ロ)  原告らの訴が適法であれば、その請求を棄却する。

(ハ)  訴訟費用は原告らの負担とする。

右趣旨の判決並びにかりに原告らの被告松浦市に対する請求が認容され、仮執行の宣言が付されるばあいは、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二、請求の原因

一、原告らが別紙目録(一)ないし(三)記載の物件について有していた抵当権

(イ)  原告日本開発銀行(以下開銀と略称)の抵当権

(1) 原告開銀は、日本開発銀行法により設立された法人であるところ、昭和二九年九月七日、被告振興飛島鉱業株式会社(以下振興飛島と略称)及び訴外振興鉱業開発株式会社に対し、金二、五〇〇万円を、振興飛島炭鉱七隔層開発工事資金として、弁済期昭和三二年三月三一日、支払方法昭和三〇年四月から毎月末日金一〇〇万円づつ分割弁済のうえ期限に残額完済のこと、利率年一割、利息支払方法毎月末日に前月分を後払いのこと、債務者が契約に違反したときは期限にかかわらず直ちに債務を完済させうること、遅延損害金日歩四銭なる約定で貸し付けた。右債務は商行為によるものであるから被告振興飛島は、訴外振興鉱業開発株式会社と連帯して原告開銀に対しこれを負担するものである。

被告振興飛島は、右債務について、昭和二九年九月七日付契約に基づき、同被告の権利に属する別紙目録(一)記載の鉱業権に同目録記載の抵当権、同被告の所有に属する別紙目録(三)記載の家屋に同目録記載の抵当権を各設定し、それぞれ別紙目録(一)及び(三)記載の登録登記手続を経由した。

(2) 訴外復興金融金庫(以下復金と略称)は、昭和二四年七月八日、被告振興飛島(当時の商号は飛島炭礦株式会社)に対し、金三〇九万三、〇〇〇円を、炭鉱労務者用住宅建設資金として、弁済期昭和二五年七月二四日、利率日歩二銭六厘、利息支払方法手形書替の都度書替の翌日からその手形の満期に至るまでの分を前払いのこと、債務者が契約に違反したときは、期限にかかわらず直ちに債務を完済させうること、遅延損害金日歩四銭の約定で貸し付けた。

被告振興飛島は、右債務について、復金に対し、昭和二四年一二月一日付抵当権設定予約に基づき、別紙目録(一)記載の鉱業権に同目録記載の抵当権設定請求権保全の仮登録手続を経由した。

その後、復金の右債権、予約上の権利及び仮登録権者たる地位は、日本開発銀行法の公布施行に伴い、同法第四三条第一項及び復興金融金庫の解散及び業務の引継ぎに関する政令第一条に基づき、昭和二七年一月一六日、原告開銀が、復金から法律上当然に承継した。

原告開銀は、昭和二九年二月二六日、被告振興飛島との間に右抵当権設定予約に対する本契約を締結し、同年三月三〇日、別紙目録(一)記載の前記仮登録に対する本登録手続を経由した。

さらに被告振興飛島は、原告開銀に対し、右債務について、昭和二九年三月一九日付追加担保設定契約に基づいて、別紙目録(三)記載の家屋に同目録記載の抵当権を設定し、同月二四日、同目録記載の登記手続を経由した。

(ロ)  原告中小企業金融公庫(以下中小公庫と略称)の抵当権

(1)a 訴外復金は、昭和二四年六月二八日、被告振興飛島(当時の商号は飛島炭礦株式会社)に対し、金四三四万一、〇〇〇円を、弁済期昭和二五年八月二五日、支払方法昭和二四年八月二五日から一〇月月、一二月、二月、四月及び六月の各二五日に五、〇〇〇円以上支払うこと、利率日歩二銭六厘、契約不履行のときは期限の利益を失い残額直ちに支払うこと、遅延損害金日歩四銭の約定で貸し付けた。

右債務について、被告振興飛島は、昭和二四年一二月一日付抵当権設定予約に基づき、別紙目録(一)記載の鉱業権に同目録記載のとおり昭和二五年五月二二日抵当権設定請求権保全の仮登録手続を経由した。その後、復金の右債権、予約上の権利及び仮登録権者たる地位は、前記日本開発銀行法第四三条第一項及び復興金融金庫の解散及び業務の引継ぎに関する政令第一条に基づき、昭和二七年一月一六日、法律上当然に原告開銀が承継した。

原告開銀は、昭和二九年二月二六日、被告振興飛島との間に前記抵当権設定予約に対する本契約を締結し、同年三月二〇日、別紙目録(一)記載の(1)ないし(3)の鉱業権につき前記仮登録に対する本登録手続を経由した。

さらに、被告振興飛島は、原告開銀に対し、右債務について、昭和二九年三月一九日付追加担保設定契約に基づき、別紙目録(三)記載の家屋に同目録記載の抵当権を設定し、同月二四日、同目録記載の登記手続を経由した。

b 右復金は、被告振興飛島に対し、金額二五万五、〇〇〇円、弁済期昭和二四年一二月三一日、支払方法同年四月から毎月金二九、〇〇〇円支払うこと、利率日歩二銭六厘、契約不履行のときは期限の利益を失い残額直ちに支払うこと、遅延損害金日歩四銭なる債権を有していたが、右債権は昭和二四年四月二一日、五月二一日に各金二万九、〇〇〇円、七月二一日に金五万八、〇〇〇円弁済され、同年一二月一日現在において金一三万九、〇〇〇円の残金があつた。

被告振興飛島は、右債務について、同日付抵当権設定予約に基づき、昭和二五年五月二二日、別紙目録(一)記載の(1)ないし(3)の鉱業権に、同目録記載の抵当権設定請求権保全の仮登録手続を経由した。

その後復金の右債権、予約上の権利及び仮登録権者たる地位は、前記法令に基づき、昭和二七年一月一六日、原告開銀が法律上当然承継した。

原告開銀は、昭和二九年二月二六日、被告振興飛島との間に、右抵当権設定予約に対する本契約を締結し、同年三月二〇日、別紙目録(一)記載の前記仮登録に対する本登録手続を経由した。

さらに、被告振興飛島は、原告開銀に対し、右債務について、昭和二九年三月一九日付追加担保設定契約に基づき、別紙目録(三)記載の家屋に同目録記載の抵当権を設定し、同月二四日、同目録記載の登記手続を経由した。

c 右復金は、訴外西九州石炭株式会社に対し、金額一三九万二、一三〇円、弁済期昭和二五年六月三〇日、利率日歩二銭六厘、遅延損害金日歩四銭の債権を有していた。

被告振興飛島は、右債務について、昭和二五年一二月二〇日付抵当権設定予約に基づき、昭和二六年一月三〇日、別紙目録(一)記載の鉱業権に、同目録記載の抵当権設定請求権保全の仮登録手続を経由した。その後復金の右債権、予約上の権利及び仮登録権者たる地位は、前記法令に基づき、昭和二七年一月一六日、原告開銀が法律上当然承継した。

原告開銀は、昭和二九年二月二六日、被告振興飛島との間に、右抵当権設定予約に対する本契約を締結し、同年三月二〇日、別紙目録(一)記載の前記仮登録に対する本登録手続を経由した。

同年五月三一日、被告振興飛島は、西九州石炭株式会社の原告開銀に対する右債務を免責的に引き受けた。

d しかして、昭和二八年八月一日法律第一三八号中小企業金融公庫法の施行に伴い、同法第三三条及び昭和二八年政令第三四九号昭和二九年政令第二八号により、昭和二九年六月一九日、前記a、b、cの債権及び抵当権は、いずれも、原告中小公庫が原告開銀から法律上当然に承継した。

(2) 原告中小公庫は、昭和三〇年五月一九日、被告振興飛島に対し、金二、〇〇〇万円を貸し付け、同被告は、右債務について、同被告の所有にかかる別紙目録(一)、(二)及び(三)記載の鉱業権、土地及び家屋に同目録記載の抵当権を設定し、同月二七日、いずれも、その登録登記手続を経由した。

(ハ)  原告株式会社福岡銀行(以下福銀と略称)の抵当権

(1) 原告福銀は、被告振興飛島との間に、昭和二八年七月二一日、別紙目録(三)記載の家屋について元本極度額金一、〇〇〇万円の根抵当権設定契約を、昭和三〇年三月二一日、別紙目録(一)及び(三)記載の鉱業権及び家屋についての元本極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結し、それぞれ、同目録記載の登録及び登記手続を経由した。しかして、原告福銀は、被告振興飛島に対し、昭和二六年一一月頃から貸付けを行い、昭和三〇年一月八日現在において、金四、五五五万円の貸付残債権を有していた。

(2) 原告福銀は、昭和三〇年五月一九日、被告振興飛島に対し、金五〇〇万円を貸付けた。右債務について、同被告は、別紙目録(一)、(二)及び(三)記載の鉱業権、土地及び家屋に元本極度額金五〇〇万円の根抵当権を設定し、同目録記載の登録登記手続を経由した。

(3) 原告福銀は、昭和二八年七月一一日、訴外富士炭業株式会社に対し、金一、五〇〇万円を貸付けた。右債務について、被告振興飛島は、別紙目録(一)記載の鉱業権についての元本極度額金一、五〇〇万円の根抵当権を設定し、同目録記載の登録手続を経由した。

二、本件公売処分の存在

被告松浦市市長は、被告松浦市の被告振興飛島に対する昭和二八年度、二九年度、三〇年度における固定資産税、町民税、鉱産税及び償却資産税等の合計金約一三〇万円の滞納処分として、昭和三一年三月一二日日、同月一三日、同年八月四日及び同月八日の四回にわたり、別紙目録(一)記載の鉱業権、(二)記載の土地、(三)記載の家屋及び(四)記載の機械器具その他を差し押え、ついで同年九月二〇日、右差押物件の見積価格を鉱業権金二九五万円、土地金四五万円、家屋金一九五万円及び機械器具その他の物件金四九〇万円と定めて公売公告し、同年一〇月五日の公売期日において、これを公売し、被告山本猛夫が、右物件全部を、鉱業権は金三〇〇万円、土地は金五〇万円、家屋は金二〇〇万円、機械器具その他は金五〇〇万円の公売価格で落札した。

三、本件公売処分の違法性

本件公売処分は、地方税法により、国税徴収法の規定による滞納処分の例によつてなされるものであるが、次に述べるように多くのかしがある。

(イ)  本件公売処分における公売物件の見積価格は、時価に比し著しく低く、その結果、公売価格が著しく低れんである。

前記のように、被告松浦市市長は、本件公売物件の見積価格を、鉱業権金二九五万円、土地金四五万円、家屋金一九五万円、機械器具その他の物件金四九〇万円(合計金一、〇二五万円)と見積り、昭和三一年九月二〇日右見積価格を公告し、同年一〇月五日の公売期日において被告山本猛夫が前記の価格で落札した。しかし、本件公売物件の本件公売当時の時価は、すくなくとも、鉱業権は金五、四二〇万六、〇〇〇円土地は金七七七万八、〇〇〇円、家屋は二、二六七万円、機械器具その他の物件は金三、六五二万七、〇〇〇円(合計金一二、一一八万一、〇〇〇円)をくだらないものであるから、被告松浦市市長の右見積価格及び公売価格は、時価に比し著しく低れんである。かかる公売処分は、公売価格についての市長の裁量の範囲を逸脱したもので違法である。

本件公売価格が時価に比し著しく低れんであることは、被告上田鉱業株式会社が、本件公売物件を取得以来総計金二億数千万円の巨費を投じ、月産一万トンを目標として経営を続けており、現在すでに月産七、〇〇〇トン前後に達している事実及び本件公売物件中土地と建物については、被告松浦市市長が落札者被告山本猛夫に所有権移転登記をするために課税標準額を金二五〇万円(公売価格と同額)として長崎地方法務局今福出張所に登記嘱託をしたところ、課税標準額が不当と認定され、金一、〇〇〇万円に変更するように促がされて印紙を追貼した事実によつても知ることができる。

(ロ)  見積価格決定方法の違法

行政庁が、公売処分にあたり公売物件の見積価格を決定するについては、客観的な時価を基準として、公売物件の妥当な価格を見積るべき義務がある。

ところが、本件における見積価格の決定は、次に述べるように客観的な時価を基準としたものとはいい難い。すなわち、

本件のように、客観的な時価の評価が極めて困難な炭鉱の公売にあたつては、徴税吏員が特別の知識を有するばあいでない限り、その評価につき専門家に鑑定を依嘱するのが相当である。しかるに本件においては、本件見積価格の決定に関与した本件公売当時の被告松浦市の市長中楯理重、税務課長坂本祐二郎及び徴税係長大石仁市は、いずれも、炭鉱の評価について専門的知識を有しないにもかかわらず、鑑定を依嘱する等の方法によらず、ただ漠然と、以前に被告振興飛島経営の炭鉱全体が金二五〇万円で売買されたとの風評(その事実はなく、実際は約金一、四〇〇万円で売買されている。)に基づき、かつは又見積価格を低くすれば容易に買手を集めうると考えて見積価格を決定したにすぎない。

このような見積は、国税徴収法第二四条、同法施行規則第二三条にいわゆる見積には該当せず、結局法定の見積をしないで公売したことに帰し、本件公売処分を違法たらしめるものである。

(ハ)  差押通知及び公売通知の違法

(1) 国税徴収法施行規則第一二条によると、抵当権の設定された財産を差し押えるときは、収税官吏は、滞納処分費及び税金額その他必要と認める事項をその債権者に通知しなければならない、と規定されている。右通知は差押後遅滞なくされなければならない。ところが、本件においては、前記のとおり、昭和三一年三月から同年八月までの間に四回にわたり公売物件の差押がされ、同年九月二〇日には公売公告がされているにもかかわらず、原告らに右差押の通知が到達したのは、原告開銀、同中小公庫の各東京本店に公売日の前日たる同年一〇月四日、原告福銀の福岡本店に公売日の前々日たる同月三日であつた(この通知によつて原告らははじめて右差押の事実を知つたのである。)。

しかも右通知は、公売日たる同月五日午前九時までに、公正証書による証憑書類を添付して権利の申出をなすべきことを督促する内容のものである。

しかし、原告らが、右期間内に先取権行使の申出、その他債権保全の措置を講ずることは時間的に全く不可能である。

また、債権者に対する差押通知は、債権者が公売に参加して競落、落札の機会を得て債権保全の目的を達するためにも必要であるから、その準備に必要な期間をおいてなさるべきであるが、本件差押通知はかかる措置を講ずる時間的予猶が全然ないものである。

かかる差押通知は、国税徴収法施行規則第一二条の趣旨に反する違法のものである。

(2) 国税徴収法施行規則第一二条によると、「滞納処分費及び税金額その他必要と認める事項」が差押通知の通知事項と定められ、右の「その他必要と認める事項」とは、滞納者の住所氏名、差押財産の表示、差押年月日等を記載すべきものと解されている。

ところが、原告らに対する本件差押通知は、差押年月日の記載がなく、差押財産の表示「所有財産(採堀権を含む)全部」とのみ記載され差押財産が特定されてなく、延滞金、督促手数料、延滞加算金及び滞納処分費も具体的に記載されていないから、本件差押通知は、差押通知としての要件を具備しない違法がある。

(3) 国税徴収法第一四条によれば、収税官吏が財産の差押をしたばあいに、第三者がその財産につき所有権を主張し、取戻を請求する時は、売却決行の五日前までに所有者たる証憑を具えて収税官吏に申し出ることができると規定されている。

右の第三者の所有権を保護する規定の趣旨と、国税庁通達によつて、差押通知は差押後遅滞なく発することとされていることを考えると、所有権者に対する差押通知は、差押後遅滞なく遅くとも公売期日の五日前を更に取戻請求を準備する相当期間さかのぼつた期日までに発することが要求されているものと解せざるをえない。

ところで原告開銀は、別紙目録(四)記載の物件のうち(1)、(10)、(13)、(19)、(123)、(182)、(209)、(219)の機械器具につき、昭和二九年九月七日、被告振興飛島から譲渡担保として、その所有権譲渡をうけ、本件公売当時右物件の所有権を有していたものであるが、原告開銀に対し本件差押通知が到達したのは前記のとおり本件公売期日の前日であるから、原告開銀に対する差押通知はこの理由によつても違法である。

(4) また、国税庁及び自治庁通達によると、公売の際滞納者、抵当権者らに対しては、見積価格を付記して、公売する旨を通知することとされている。ところが、本件では、かかる公売通知は全然されていない(従つて、原告らは本件公売処分がなされることを全然知らなかつたのである。)から、この点からしても本件公売処分は違法である。

(ニ)  超過差押無益な差押の違法

(1) 被告松浦市が、本件公売処分によつて徴収すべき被告振興飛島の滞納税額は、金一三〇万二、〇三二円にすぎないから、この程度の租税を徴収するためには、別紙目録(一)記載の鉱業権のうちのいずれか一個、同(二)及び(三)記載の土地、建物の一部又は同(四)記載の機械器具の一部につき滞納処分をすれば足りるのであつて、本件のように時価合計一億円を超える物件を公売することは、公売物件の価格が滞納租税額に比して著しく多額にすぎ、市長の公売物件の範囲についての裁量の範囲を逸脱する違法をおかしたものといわなければならない。

(2) また、本件公売物件である鉱業権、土地、建物の大部分には原告らのために抵当権が設定され、しかも、抵当権の被担保債権は被告松浦市の租税債権額を超え、かつ同被告の租税債権に優先するため、被告松浦市としては、かかる物件を公売する利益は全く存しない。かかる物件に対する差押公売は、いたずらに、滞納者及び抵当権者らの権利を侵害するものであつて違法である。

このような無益な差押をしたばあいには、被告松浦市市長は、すべからく国税徴収法第一二条第一項により滞納処分の執行を停止すべきであつて、執行停止をしないで強行された本件公売処分は、この点にもかしがある。

(ホ)  第三者の所有物件に対する公売の違法

前記のように、別紙目録(四)記載の物件中(1)(10)(13)(19)(123)(182)(209)(219)の機械器具は、被告振興飛島が、原告開銀に対し、昭和二九年九月七日、前記一、(イ)、(1)記載の債務の譲渡担保として、所有権を譲渡し、同時に占有改定の方法により引渡を了し、本件公売当時原告開銀の所有に属していたものである。

かかる第三者の所有物件に対する差押、公売が違法であることはいうまでもないことである。

(ヘ)  動産の差押の標示を欠き違法

滞納処分としての動産の差押については、収税公務員が物を占有せず滞納者らをしてこれを保管させるばあいは、封印その他の公示方法を講ずることを要し、もしこの手続を欠くときは、差押は無効と解さなければならない。

ところが、本件において、別紙目録(四)記載の動産の差押については、右動産の占有手続さえとらず、単に右動産の保管を被告振興飛島の代表者田中彰に命じ、同人に封印用の証紙を交付したのみでなんら差押の公示方法を講ぜず、右田中彰も右証紙を差押物件に貼用していない。かかる公示方法をとらない差押は違法であり、これを前提とする公売処分もまた違法である。

(ト)  一括公売の違法

本件公売物件中別紙目録(一)記載の鉱業権については、同目録(1)(2)(3)の鉱業権には原告開銀、中小公庫及び福銀のための抵当権が、(6)の鉱業権には原告中小公庫及び福銀のための抵当権が、(7)の鉱業権には原告福銀のみのための抵当権が各設定されている。

本件公売処分は、右の七個の鉱業権を一括して金二九五万円と見積り、金三〇〇万円で公売している。

右の七個の鉱業権は、それぞれの鉱区の炭量を異にし、価格を異にするものであるが、右のように、抵当権の設定されているものと然らざるものとあり、また、抵当権の設定されているものについても異る順位の抵当権が設定されているのであるから、かかるばあいは、一括公売は許されないものである。なんとなれば、一括公売によると、各鉱業権の公売代金を確定することができず、従つて配当実施を不能ならしめるからである。

この意味においても本件の鉱業権に対する公売処分は違法であり、このことは、別紙目録(二)及び(三)記載の土地及び家屋の公売についても同様のことがいいえられるのであつていづれも違法である。

四、本件公売処分の無効確認又は取消請求

本件公売処分には前項記載のとおり多くのかしがあり、そのかしはいずれも、本件公売処分の無効又は取消原因たるものである(もつとも、前項記載の違法原因中には、本件公売物件中別紙目録(四)記載の動産又はその動産中原告開銀の所有物件の公売処分についてのみ違法原因があるが、その公売処分は本件公売処分全体との不可分になされたものであるから、右の違法は本件公売処分全体を違法ならしめるものである。)。

しかして原告らは、本件公売処分によつて抵当権又は所有権を侵害されたから、被告松浦市市長を相手として、第一次的に本件公売処分の無効確認を、第二次的にその取消を求める(もつとも、本件公売物件中には、原告らの抵当権又は所有権の客体となつていないものもあるが、それらの物件も、抵当権又は所有権の客体たる物件とともに不可分に公売されているから、原告らには、本件公売処分の全体について無効確認又は取消を求める利益がある。)

五、被告振興飛島に対する抵当権設定登録登記の回復請求

前記のように、本件公売処分は当然無効であるか又は取り消さるべきものである。本件公売処分が無効であればはじめから効力を生じないから、原告らの本件公売物件についての抵当権は消滅しなかつたことになり、また、取り消されると処分当時にさかのぼつて公売処分の効力が消滅するから、本件公売処分によつて消滅した原告らの抵当権が復活することになる。

よつて、原告らは、被告振興飛島に対し、本件公売処分の結果抹消された抵当権設定登録登記の各回復登録、登記手続を求めるため、主文第三項の請求をするものである。

六、被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に対する抹消登録、登記請求

本件公売物件は、被告山本猛夫によつて落札され、被告飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に順次売買によつて譲渡され、同被告らは、それぞれ主文第二項記載の登録登記手続を経由した。

しかし、本件公売処分が無効であるか又は取り消されると、右の登録、登記はいずれも実体的原因を欠き無効に帰するから、同被告らは、被告振興飛島に対し、右の登録登記の抹消登録、登記手続をすべき義務がある。

そして原告らは、被告振興飛島に対する前項の回復登録登記請求権を保全するため必要があるから、同被告に代位して被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に対し、主文第二項の請求をする。

七、原告開銀の被告上田鉱業株式会社に対する機械器具の引渡請求

前記のように、原告開銀は、別紙目録(四)記載の物件のうち(1)(10)(13)(19)(123)(182)(209)(219)の機械器具につき所有権を有しているから右物件は、本件公売処分にかかわらず何人もその所有権を取得するに由なく、原告開銀は所有権に基づき何人に対しても引渡を請求しうるものであり、かりにしからずとするも、本件公売は無効又は取り消さるべきであるから、無効ならば当然、無効でないとすれば取り消されたとき、その所有権又は原状回復請求権に基づき右物件の引渡を求めることができる。

しかして、被告上田鉱業株式会社は、原告開銀に対抗しうる正当の権原なくして右機械器具を占有しているから、原告開銀は、同被告に対し、所有権又は原状回復請求権に基づき主文第四項の請求をする。

八、被告松浦市に対する損害賠償請求

原告らは、本件公売処分の無効確認又は取消を求め、それに伴つて前記五ないし七の請求をするものであるが、かりに本件公売処分が当然無効ではなく取り消さるべきものにすぎないとすれば、抗告訴訟においては、行政処分は違法であるが、請求が棄却され、従つて原状回復請求も棄却されるというばあいがある(行政事件訴訟特例法第一一条)。

そのばあいは、予備的に被告松浦市に対し、損害賠償を請求する。

被告松浦市市長は、本件公売処分にあたり、公売物件について時価を基準として妥当な価格を見積るべき法律上の義務及び超過差押公売、無益な差押公売をすべからざる法律上の義務があるにもかかわらず、故意又は過失によつて右義務に違反して違法な本件公売処分をしたものであるから、かりに、本件公売処分の取消請求が違法ではあるけれども行政事件訴訟特例法第一一条によつて棄却されるばあいは、原告らは、国家賠償法に基づき、違法な本件公売処分によつて蒙つた損害の賠償を被告松浦市に請求する権利がある。しかして、右の損害は、本件公売当時、原告開銀の被告振興飛島に対する債権額は、合計金三、三五七万三、九三五円であり、原告中小公庫の同被告に対する債権額は合計金二九四八万二、〇四五円であり、原告福銀の同被告に対する債権額は合計金一〇、八八八万六、五二八円であり、もし、被告松浦市市長が、妥当な見積価格をもつて本件公売をしたとすれば、また、超過公売、無益な公売をしなかつたとすれば、原告らの被告振興飛島に対する右各債権は、それぞれその優先債権額を控除しても、原告開銀、同中小公庫は、右各債権の全額、原告福銀は、右債権額のうち金四、八〇五万二、五九二円の範囲においてこれを回収することができたことが明らかであるから、結局原告らは、被告松浦市市長の違法な本件公売処分によつて、回収しえた右債権額と同額の損害を蒙つたものといわなければならない。

よつて、原告らは、被告松浦市に対し、それぞれ右金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三二年一月一〇日からその支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、被告らの答弁

一、本案前の答弁

(イ)  原告開銀、同中小公庫の訴訟代理人の代理権欠缺

本件において、原告開銀、同中小公庫の訴訟代理人に訴訟を委任したのは、同原告らの各福岡支店長である。しかし、右福岡支店長は、いずれも本件訴訟を委任する権限を有しない。従つて、同原告らの本件訴訟代理人は、正当な代理権を有しないことになり、かかる代理権のないものによつて提起された本訴は不適法である。

(ロ)  原告らの当事者適格の欠缺

公売処分の無効確認又は取消の訴は、当該処分をうけたもののみが提起しうるものであり、原告らは公売処分をうけたものではないから、かかる訴の当事者適格がない。

(ハ)  原告らの被告松浦市に対する予備的請求の不適法。

原告らは、本件公売処分の取消及びこれに伴う原状回復等の請求をなし、かりに、その請求が理由のないときは、被告松浦市に対し、損害賠償を請求する、というが、かかる訴は不適法といわざるをえない。何故なら、もし本件公売処分の取消請求が理由があれば、本件公売処分は取り消され、従つて原状回復等の請求も認容されることになるから、原告らはなんらの損害をうけないし、また、もし本件公売処分の取消請求が理由なしとして棄却されるばあいは、本件公売処分は適法であることが確認されることになるから、損害賠償請求権の発生する余地はなく、いずれにしても、被告松浦市に対する損害賠償請求が認容されることはありえないからである。

(ニ)  原告らは、本件公売物件中動産については、本件公売処分の無効確認又は取消を求める利益を有しない。

かりに、本件公売物件中被告振興飛島の所有に属しないものがあつたとしても、後記のように、本件公売物件を取得した被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社は、本件公売物件中動産については即時取得によつて所有権を取得した。

かかる動産については、原状回復は不可能であるから、公売処分の無効確認又は取消を求める利益はないというべきである。

(ホ)  公売処分の執行終了後は、公売処分の無効確認又は取消の請求は許されない。

民事訴訟法による強制執行又は競売法による競売においては、執行手続又は競売手続が終了すれば、その手続についての不服申立は一切許されない。

これと同様に、公売処分についても、公売処分の執行終了後は、たとえ公売処分にかしがあつても、その無効確認又は取消の請求は許すべきではない。

(ヘ)  原状回復は不可能であるから、無効確認又は取消の請求は許されない。

飛島炭鉱は、被告上田鉱業株式会社がその権利を取得していらい総計金二億数千万円の資金を投じて設備を改善し、本件公売処分当時とは全く面目を一新している。

従つて、もはや原状回復は不可能というべく、公売処分の無効確認又は取消請求は利益がないから、許されないものといわなければならない。

(ト)  行政処分の無効確認と取消の請求の予備的併合は違法である。

原告らは、本件公売処分のかしを主張し、そのかしが本件公売処分の無効又は取消原因たるものとして本件公売処分の無効確認又は取消を求めている。しかし、かかる訴は請求の趣旨が不明であつて不適法である。

二、請求原因事実に対する認否

(イ)  被告松浦市市長、同松浦市の認否

請求原因事実第一項は原告ら主張の登録登記があることは認めるが、その余は不知、第二項は、被告松浦市市長が別紙目録(四)記載の物件中(1)(10)(182)の物件を差押公売したことは否認し、その余の事実は認める。第三項、四項、八項は否認する。

(ロ)  被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社の認否、請求原因事実第一項は不知、第二項は認める、第三項、四項は否認、第六項は、本件公売物件が被告山本猛夫によつて落札され、被告飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に、順次売買譲渡され、所有権移転登録登記手続及び引渡を了したことは認めるが、その余の事実は否認する、第七項は、被告上田鉱業株式会社が原告開銀主張の機械器具を占有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(ハ)  被告振興飛島の認否

請求原因第一項は、(ロ)の(1)・及び(ハ)の(3)は不知、(ハ)の(1)のうち昭和三〇年一月八日現在の貸付残債権額が、金四、五五五万円であることは否認する、その余の事実はすべて認める、第二項は、別紙目録(四)記載の物件が差押公売されたことは、否認し、その余の事実は認める、

第三項、四項、五項はいずれも否認する。

三、本件公売処分の適法性

(イ)  本件公売処分における見積価格、公売価格について。

公売処分における見積価格の決定は公売処分をする行政庁の自由裁量に属するからそれが違法であることを理由として公売処分の効力を争うことは許されない。かりにそうでないとしても、本件公売物件の見積価格公売価格は、ともに妥当である。

本件公売物件の評価については、次の事実を考慮する必要がある。

(1) 飛島の立地条件

本件公売物件は、鉱業権、土地、家屋及び機械器具その他を一体とした炭鉱(以下飛島炭鉱という。)であるが、その鉱区はいずれも海底鉱区であり、その採掘は飛島なる海中の孤島に坑口を開いてするほかはない。このような小島にある炭鉱は、本土にある炭鉱に比すれば経営条件が極めて不利である。すなわち、動力、水を本土から供給しなければならないし、職員鉱員を地元以外から集めなければならないから、炭鉱住宅がどうしても必要であり、また、機械、家屋等が海水、風雨のため損傷が激しい等である。そして、本件公売物件の土地、建物、機械類等は海中の小島にあつて、炭鉱と分離すれば無価値である。

(2) 調査が不十分

およそ鉱山は、調査が行き届いているほど価値があるものであるが、本件の飛島炭鉱は、炭量炭質について調査が極めて不十分である。

(3) 鉱区が貧弱

飛島炭鉱の鉱区は海底にあり、しかも、その海底は粘土層がなく、また、海深の度が比較的浅いためめ、海が荒れると、海水が海底を強烈に叩きつけるから坑内浸水の危険が大きい。そして一度坑内浸水が起ると、炭坑としての再起は不可能となるのである。

また、この鉱区はいわゆる薄層であり、炭質も一般炭であり、特に良質ではない。しかも、東西南北にわたり大小の断層に囲まれている。

(4) 過去の経営成績

飛島炭鉱は、いろいろの悪条件のため、本件公売以前の十数年間において黒字であつた事実がなく、恐らく何人が経営するも赤字を免れないものである。現に被告飛島の経営中も赤字であり、同被告は、被告松浦市に対する租税さえ納付できなかつた。昭和二二年頃、全山が金二五〇万円で売買された例がある。

(5) 公売のための評価

一般に、公売価格は市価より低いのが通常であるが、ことに本件のように、公売物件が、炭鉱でありその価格が金一、〇〇〇万円を超えるようなばあいは、入札者が限定されるから、勢い公売価格は低くならざるをえないのである。

本件公売処分において、入札者が被告山本猛夫のみであつたことは、本件公売の見積価格が時価相当額であり、決して原告らが主張するように著しく低れんではなかつたことを物語るものといわなければならない。

(6) 飛島炭鉱を組成する物件のうち本件公売から除外された物件がある。

飛島炭鉱を組成する物件のうち、左記の物件は本件公売から除外されている。

1 着船場附近から積込桟橋附近にわたる海面埋立地(護岸をふくむ。)千数百坪

2 積込桟橋(基礎その他附属物をふくむ。)一基

3 坑道

4 坑内外のレール全部

5 沈澱バツク設備(附属とも)

6 上水道設備(附属とも)

7 モーターボート(附属船具をふくむ)一隻

8 水槽船(附属船具をふくむ)二隻

9 試掘権 平戸湾の全区域にわたる広汎な区域

10 山林  松浦市今福町飛島免字谷口三〇一番

一、山林 五畝一二歩

11 建物  松浦市今福町飛島免字楠手崎四三二番

家屋番号飛島免五八号

一、木造瓦葺平屋建住家建坪五六坪七合附属

一、木造瓦葺平屋建便所建坪二坪

ほか

住家八棟 建坪五九五坪六合七勺五才

右附属便所六棟 建坪一二坪

倉庫二棟 建坪一一坪

釜場一棟 建坪二〇坪

右の公売から除外された物件の価格は莫大であるが、本件公売処分によつて、本件公売物件を取得したものは、右の公売除外物件を取得しなければ飛島炭鉱の経営は不可能である。この点も本件公売物件の評価につきしんしやくされなければならない。

(7) 飛島炭鉱の施設は、腐蝕、朽廃が甚だしかつた。

飛島炭鉱の施設のうち、送風管、排水管、炭車、水洗機等の炭鉱経営上不可欠の物件で、腐蝕、朽廃が甚だしく、直ちに取り換えなければならないものが多く、その資金として少くとも金八、〇〇〇万円を見込まなければならなかつた。従つて、本件公売物件を落札しても、さらに右の資金を投下しなければ、飛島炭鉱を経営していくことは不可能であつた。被告松浦市市長としては、右のような事情から本件公売物件を公売しても果して入札者があるかどうか危ぶんでいたのである。

以上(1)ないし(7)の事実を考慮すると、本件公売価格が妥当であることを肯定できるが、なお、原告らは、本件公売価格が低れんであることは、被告上田鉱業株式会社の巨額の投資及び長崎地方法務局今福出張所において、土地、建物の課税標準額を訂正した事実とによつて明らかであると主張するけれども、右の事実は、本件公売物件の評価の資料にはならない。すなわち、被告上田鉱業株式会社が本件公売物件を取得以来、総計金二億数千万円を投じて日産目標一万トンをめざして経営を続けている(ただし、現在の出炭量は月約四、〇〇〇トンにすぎない。)のは事実であるが、これは本件公売物件中の鉱業権の鉱区に隣接している約四〇鉱区の強粘結炭田の開発準備である。

また、課税標準額を増額するように促されたのは、一般に法務局において課税標準額を時価相当額より引き上げ、印紙を加貼させることはよくある例であるが、特に本件公売物件たる土地及び建物の課税標準額が被告松浦市市長の登記嘱託にあたり高額に認定されたのは、原告らから長崎地方法務局今福出張所所長に対し、登記嘱託による移転登記を拒否するよう依頼があつていたため、被告松浦市市長が登記嘱託をしてもなかなか移転登記がされず、理由なく登記がおくれていたから、被告山本猛夫は、これを不当として弁護士を通じ今福出張所所長に対し登記がおくれていることの釈明を求め、直ちに登記をするように強硬に交渉したため、右所長の感情を害したいきさつがあつて、課税標準額を一挙に四倍の金一、〇〇〇万円と認定され、印紙を加貼せしめられたのである。被告山本猛夫は、右の課税標準額の認定を不当と思つたけれども、これを争う煩をさけて、これに応じたのである。

故に、右の金一、〇〇〇万円の課税標準額は、決して本件公売物件たる土地及び建物の時価相当額ということはできない。

(ロ)  見積価格決定方法は相当

公売処分における公売物件の価格の見積方法は、行政庁の自由裁量に委ねられている。それが誠実になされる限り、違法の問題が起る余地はない。

本件のように炭鉱を公売するばあいは、専門家に鑑定を依頼して見積価格を決定するのが相当であるとは必ずしもいうことができない。一々鑑定を依頼することは、費用と日時を要することであつて、徴税権の円滑な行使を阻害するものである。ことに、被告松浦市のように財政困難な市にあつては、その費用を支払うことができない。

本件公売処分において見積価格の決定に関与した当時の松浦市市長中楯理重は、長い間飛島附近にある炭鉱に勤務した経験を有し、飛島炭鉱の事情に通じていたし、また、当時の松浦市徴税係長大石仁市も飛島炭鉱の事情に通じていた。

そして、同人らは、見積価格の決定にあたり、鉱業権については、飛島炭鉱の鉱区が薄層であり、海底鉱区であつて浸水の危険が大きいこと、十数年来赤字経営を続けていること、昭和二二年頃金二五〇万円で売買された例があること等をしんしやくし、土地、建物及び機械器具類については固定資産税又は償却資産税の課税標準額を資料として誠実にその職務を遂行したのである。

このように、見積価格の決定は慎重に考慮のすえ誠実になされたものであつて、原告らが主張するごとく見積価格決定の方法は違法ではない。

(ハ)  差押通知及び公売通知について。

(1) 国税徴収法施行規則第一二条による債権者に対する差押通知は、債権者に対し公売に参加する機会を与えるためのものではなく、配当の正確と円滑を期するために権利行使の機会を与えるためのものである。

この差押通知をしなかつたとしても公売処分は違法ではない。

いわんや、この差押通知を差押後遅滞なくしなかつたとしても公売処分の効力には影響がない。

のみならず、被告松浦市市長は、昭和三一年三月一三日第一回目の差押をしたのち、被告振興飛島を通じて、同月から同年八月まで毎月末日頃数回にわたつて、原告らに対し差押の通知をしているのである。

また、原告らは、被告松浦市市長の昭和三一年一〇月一日付の文書による差押通知によつて、配当要求をしたのであるから、原告らはなんら権利を侵害されていない。

要するに、差押通知が違法であるから、本件公売処分が違法であるとの原告らの主張は理由がない。

(2) 右の差押通知書の記載事項に些小の不備があつても公売処分は違法ではないことは、右(1)に記載のとおりである。

(3) 所有権者に対する差押通知を公売期日の五日前を更に取戻請求を準備する相当期間さかのぼつた期日までに発しなければならないとの原告らの主張は、所有権者に対する差押通知についてはなんら規定がなく、根拠のない主張である。

(4) 公売通知が公売処分の適法要件と解する根拠はないのみならず、原告開銀は、昭和三一年一〇月四日には同月五日が公売期日であることを知つていたのであるから、同原告についてはこの理由からも、公売通知がなかつたから公売処分が違法との原告らの主張も理由がない。

(ニ)  超過差押、無益な差押ではない。

(1) まず、本件公売物件が時価合計一億円を超えるとの原告らの主張を争う。本件公売物件は、被告松浦市市長の見積価格(合計金一、〇二五万円)が妥当な価格である。

しかして、炭鉱の主体をなす財産は鉱業権であるが、それのみでは炭鉱の経営はできず、土地、家屋、機械器具等が鉱業権と一体となつて炭鉱という有機的組織体を形成しているのである。故に、これらの鉱業権、土地、家屋、機械器具等をばらばらに分離しては、全く炭鉱の機能は停止する。

従つて、鉱業権、土地、家屋、機械器具等のいずれかひとつを公売しても入札者はないであろうから、徴税の目的を達することはできないのである。いわんや、原告らの主張するように鉱業権のうちいずれか一個、土地、家屋、機械器具等の一部を公売しても入札者がないことは明らかである。

本件のように炭鉱を公売するばあいは、炭鉱を組成するそれらの物件を全部差し押えて公売するほかはないのであり、それらの物件の価格合計額が租税債権額を超えても、超過差押であるから違法ということはできないのである。

(2) また、原告らは無益な差押であるから違法であると主張するが、本件公売物件中には原告らの抵当権の目的となつていないものもあり、原告らの債権のうち被告松浦市の租税債権に優先しないものもあるから、無益な差押ではない。

しかして、無益な差押ではないから、国税徴収法第一二条第一項による滞納処分の執行停止をなすべきでないことは当然である。

(ホ)  原告開銀の所有物件を公売した違法があるとの主張について。

原告らは、本件公売物件中別紙目録(四)記載の物件のうち(1)(10)(13)(19)(123)(182)(209)(219)の機械器具が原告開銀の所有であると主張するが、右機械器具は被告振興飛島の所有であつて、原告開銀の所有ではない。かりに、原告開銀の所有であるとしても、引渡をうけていないから、被告松浦市市長に対抗できない。また、かりに引渡をうけていたとしても占有改定による引渡であり、直接占有は依然として被告振興飛島にあり、同被告の代表者田中彰は同被告の所有であると言明していたから、被告松浦市市長がこれを被告振興飛島の所有と認定して差押公売したのは当然であつて、違法ではない。

(ヘ)  動産の差押は適法

国税徴収法は、差押動産を滞納者又は第三者に保管させるばあいは、封印その他の方法で差押を明白にしなければならない旨規定しているが、この差押の標示は差押の効力発生要件ではない。

滞納者に差押物件の保管を命じ、滞納者に命じて封印その他の差押の標示をさせるのはむしろ通例であつて違法ではない。

(ト)  一括公売は違法ではない。

本件公売処分において、被告松浦市市長は、七個の鉱業権を一括して金二九五万円と見積り、金三〇〇万円で公売した。

これは、右の七個の鉱業権は一括してこそ価値があり、分割すれば無価値であつて公売ができないからである。右の七個の鉱業権の鉱区のうち陸地にまたがつているのは別紙目録(一)記載の(1)の鉱業権の鉱区のみであり、その鉱区にのみ坑口が設けられ、他の鉱区はいずれも海底にあるから、坑口を設けることができない。右の唯一の坑口から七つの鉱区を採掘していくほかはないのである。それ故、坑口のない鉱区は、右の坑口のある鉱区と離れては無価値である。

そして、右の坑口のある別紙目録(一)記載の(1)の鉱区はすでに掘りつくされているからこの坑区のみでもまた無価値である。

右の事情から、被告松浦市市長が七個の鉱業権を一括公売したのは合理的である。

そして、かかるばあいには、鉱区の面積に按分比例して各鉱業権の価格を決定し、配当を実施するほかはないのである。また、これが最も公平な配当である。

このことは、本件の土地、建物の公売についても同様である。

四、原告らの本件請求について。

本件公売処分は、前項記載のとおり適法であり、無効又は取消原因たるかしはない。かりに、本件公売処分に取消原因たるかしがあるとしても、これを取り消すことは公共の福祉に適合しないと認められるから、行政事件訴訟特例法第一一条第一項により、右取消請求は棄却さるべきである。また、かりに本件公売処分が無効であることが確認され、又は取り消されたとしても、それによつて第三者の権利を害することはできないから、原告らの被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に対する抹消登録登記手続請求及び被告上田鉱業株式会社に対する機械器具の引渡請求は理由がないものとして棄却を免れない。

また、原告開銀の被告上田鉱業株式会社に対する機械器具の引渡請求については、右機械器具は、被告山本猛夫によつて落札され、被告飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に順次売買譲渡され、被告山本猛夫は昭和三一年一〇月八日、同飛島炭鉱株式会社は同月一二日、同上田鉱業株式会社は同年一二月一日それぞれ引渡をうけたものである。しかして、同被告らは、いずれも、占有を取得する当時平穏、公然、善意、無過失であつたから、即時取得が成立し、いずれにしても、被告上田鉱業株式会社の右機械器具に対する所有権は、本件公売処分の無効確認又は取消によつて影響をうけない。故に、かりに本件公売処分の無効確認又は取消の請求が認容されるとしても、被告上田鉱業株式会社に対する右機械器具の引渡請求は失当である。

第四、被告らの答弁に対する原告の主張

一、本案前の答弁について。

(イ)  原告開銀、同中小公庫の各福岡支店長の訴訟代理人選任の権限について。

原告開銀の福岡支店長は、日本開発銀行法第一五条によつて選任された代理人であり、原告中小公庫の福岡支店長は、中小企業金融公庫法第一六条によつて選任された代理人である。そして、その代理権限は、前者は、従たる事務所の業務に関し、一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する旨規定され、後者は公庫の業務の一部に関し一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する旨規定されている。右の規定は、表現は異るけれどもその趣旨は同じである。この代理人制度は商法上の支配人制度にも比すべきものであり、右の規定によつて選任された代理人は、右の規定による包括的代理権を法律上当然に有するものであり、民事訴訟法第七九条にいわゆる、「法令によりて裁判上の行為をなすことをうる代理人」にあたる。

要するに、原告開銀、同中小公庫の各福岡支店長は、福岡支店の業務に関する一切の裁判上、裁判外の行為をする権限を有するものであり、訴訟代理人を選任する権限も当然有しているのである。

従つて右の各福岡支店長によつて選任された本件訴訟代理人もまた正当な訴訟代理権を有するものである。

(ロ)  原告らの当事者適格

原告らは、本件公売処分の直接の相手方ではないが、本件公売物件について、請求原因第一項記載の抵当権又は第七項記載の所有権を有していたのであり、本件公売処分によつて右の抵当権又は所有権を侵害されたから、本件公売処分の無効確認又は取消を求める利益があり、従つてまた右請求につき当事者適格を有するのである。

(ハ)  原告らの被告松浦市に対する予備的請求は違法ではない。

行政処分の取消を求める抗告訴訟においては、行政処分が違法と認められても、行政事件訴訟特例法第一一条第一項により取消請求は棄却され、原状回復請求ができないばあいがある。このようなばあいは、違法な行政処分によつて蒙つた損害の賠償を請求するほかはない。この抗告訴訟と損害賠償請求とは同法第六条にいわゆる関連請求であつて併合して提起することができる。予備的併合ももちろん許されるのである。

故に、この点に関する被告らの主張もまた理由がないといわなければならない。

(ニ)  原状回復は不可能ではない。

原告らが本件において請求する原状回復は、登記登録の抹消、回復、物件の引渡であるから、これが不可能ということはできない。

(ホ)  有体動産の即時取得により、訴の利益がないとの主張について。

この点については、後記のように、被告らの即時取得の主張は理由がないから、被告らの主張は前提要件を欠き、失当である。

(ヘ)  行政処分の無効確認と取消の請求の予備的併合は適法である。

行政処分の無効原因と取消原因との区別の標準は、行政処分に存するかしが重大かつ明白であるかどうかにあるとされているが、具体的のばあいにかしが重大かつ明白であるかどうかの判断は困難なばあいがあるから、両者を予備的に併合主張することは必要であり、適法である。

二、本件公売処分の適法の主張について。

原告らは、本件公売処分が適法であるとの被告らの主張事実をすべて争うが、被告らの主張の二、三について、次のとおり原告らの主張を明らかにする。

(イ)  被告振興飛島の所有財産中本件公売処分から除外されたものであり、との価格は莫大である、その主張について。

被告らは、一方においては、超過差押の理由として、炭鉱は有機的組織体であるから、炭鉱全体を差押公売しなければその財産の一部を差押公売しても買手がなく公売の目的を達しえないと主張しながら、他方においては公売から除外された物件がありその価格は莫大であると主張するのは矛盾も甚だしいといわなければならない。

原告らは、被告振興飛島の所有財産全部が公売されたと主張するものである。

このことは、被告らが炭鉱は有機的組織体であるから炭鉱全体を差押公売しなければ徴税の目的を達し難いと主張していること、被告松浦市市長は、見積価格の決定にあたつては、現に採掘されている炭鉱として評価したこと及び同被告から原告らに対する差押通知書には、差押物件の表示として被告振興飛島の所有財産(採掘権を含む)全部と記載されていることによつて明らかである。

ことに、被告らが本件公売処分から除外されたと主張する物件のうち坑道は、鉱業権と独立に権利の客体となるものではなく、鉱業権と運命を共にしてのみ処分されうるものであるから、坑道は当然本件公売物件たる鉱業権に含まれているものである。

(ロ)  被告らは、被告上田鉱業株式会社が金二億数千万円の資金を投じたのは本件公売物件たる鉱業権の鉱区に隣接する約四〇鉱区の強粘結炭の開発準備である、と主張するが、本件の鉱区の附近には本件鉱区を通じて開発しうるような鉱区は存在しない。同被告は、本件公売物件たる飛島炭鉱の経営に右の巨費を投じているのである。巨費を投じてもそれを回収しうる見込があるからこそかかる投資がなされているのであり、飛島炭鉱にそれだけの価値ありと認めたからにほかならない。

(ハ)  長崎地方法務局今福出張所が、課税標準額を時価相当額以上に引き上げたとの被告の主張は根拠がないい。

登録税法は、不動産所有権取得の登録税につきその課税標準価格を不動産価格としている。そしてこの不動産価格は、登記所が認定する時価によるべきものとされ、時価の認定にあたつては、各登記所の価格認定の均衡を図り、かつ、その正確を期するため、法務局、地方法務局において不動産の賃貸価格又は固定資産税の課税標準価格に対する一定の倍率を定めてこれをその管内の登記所における価格認定の基準とする等の方法が通常とられている。従つて、本件公売物件中土地及び建物の公売による所有権移転登記の登記嘱託につき課税標準価格を公売価格たる金二五〇万円としていたのを金一、〇〇〇万円に変更せしめられたのは、右土地及び建物の時価を金一、〇〇〇万円と登記官吏が認定したからであつて、この事実は、右土地及び建物の公売価格が時価に比し著しく低いことを裏づけるものといわなければならない。

三、有体動産の即時取得の主張について。

被告山本猛夫は、本件公売物件を落札し、これを被告飛島炭鉱株式会社に、同被告は、被告上田鉱業株式会社に売買譲渡した。しかし、右被告らは、有体動産について引渡をうけていない、仮に引渡をうけたとしてもその占有移転は簡易の引渡であるから、即時取得の要件をみたさない。

ことに、有体動産のうち、原告開銀が被告上田鉱業株式会社に対して引渡を求める機械器具は、昭和三一年一〇月二六日、原告開銀の申請に基づき、被告松浦市同振興飛島同山本猛夫を被申請人として、占有移転禁止の仮処分がなされているから、右仮処分後の引渡は原告開銀に対抗できないものであるがかりに、被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社が引渡をうけたとしても、それは右の仮処分後であるから、その占有移転をもつて原告開銀に対抗できず、即時取得は成立しない。

また、かりに、右被告らが右仮処分前に引渡をうけたとしても、同被告らは、原告開銀の譲渡担保物件の存在を知つていたから善意ではなく、たとえ善意であつたとしても無過失ではない。

第五、証拠<省略>

理由

第一、本件訴の適否、

一、被告らの主張に対する判断

(イ)  原告開銀、同中小公庫の各福岡支店長の訴訟代理権日本開発銀行法第一五条は、総裁、副総裁及び理事は、日本開発銀行の職員のうちから従たる事務所の業務に関し、一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する代理人を選任することができる旨規定し、中小企業金融公庫法第一六条は、総裁は理事又は公庫の職員のうちから公庫の業務の一部に関し一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する代理人を選任することができる旨規定している。

原告開銀、同中小公庫の各福岡支店長は、それぞれ右の規定によつて選任された代理人であることは、訴状添付の登記簿抄本によつて明らかである。

しかして、右の規定によれば、右規定によつて選任された代理人は、当該代理人をおいた事務所の業務に関し、一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する包括的代理権を有し、民事訴訟法第七九条にいわゆる「法令に依りて裁判上の行為を為すことを得る代理人」と解される。

従つて、同原告らの各福岡支店長は、同原告らの各福岡支店の業務に関する一切の裁判上及び裁判外の行為をすることができるものである。そして、本件訴訟を弁護士たる同原告らの本件訴訟代理人に委任することは、同原告らの各福岡支店の所管に属する債権の保全のためであつて、まさに同支店の業務に関する行為であるといわなければならない。

以上のように、右の各福岡支店長は本件訴訟を委任する権限を有するものであり、それによつて選任された同原告らの訴訟代理人は正当な代理権を有し、その代理権欠缺を主張する被告らの答弁は理由がない。

(ロ)  原告らの当事者適格

被告らは、公売処分の無効確認又は取消の訴は、公売処分をうけたもの以外のものが提起することは当事者適格を欠き不適法と主張するが、当該処分の相手方のみならず、第三者でもその処分の無効確認又は取消変更について具体的な法律上の利益を有する限り、右の訴は許されるものと解するのを相当とするから、この点に関する被告らの主張は理由がない(原告らが本訴につき右の利益を有するかどうかは後に判断する。)。

(ハ)  被告松浦市に対する予備的請求

被告松浦市は、原告らの同被告に対する損害賠償の予備的請求は、いずれにしても認容されることがありえないから不適法であると主張するが、かりに、同被告に対する予備的請求が認容されることがありえないとしても、それは請求が理由あるかどうかの問題であつて、訴を不適法ならしめる事由とは解し難いから、同被告の右主張は理由がない。

(ニ)  本件公売物件中動産については、即時取得が成立したから、公売処分の無効確認又は取消を求める利益がないとの主張について。

後記認定のように、本件公売処分は、鉱業権、土地、家屋及び機械器具その他の動産を一括して公売する処分であつて、各物件につき個別的になされたものではないから、かりに、本件公売物件のうち動産については即時取得が成立し、右動産については本件公売処分の無効確認又は取消を求める利益がないとしても、右動産以外の他の物件について、その利益を有する以上、やはり本件公売処分の無効確認又は取消を求めるほかなく結局、本件公売物件全部についてのその訴の利益を認めなければならないから、この点についての被告らの主張も理由がないといわなければならないい。

(ホ)  公売処分執行終了後の公売処分の無効確認又は取消

一般に行政処分の執行終了後は、その無効確認又は取消の訴は許されないと解すべき根拠はなく、このことは公売処分についても同様である。民事訴訟法による強制執行又は競売法による競売手続は行政処分ではなく、公売処分をこれと同様に論ずることはできない。

(ヘ)  原状回復は不可能であるから、本件公売処分の無効確認又は取消の訴は不適法との主張について。

本件において原告らが求める原状回復が不可能であることについては、これを認定するに足る証拠はないから、右の主張は前提要件を欠き理由がない。

(ト)  公売処分の無効確認と取消請求の予備的併合

一般に予備的請求の併合は許されるものであり、これによつて、被告らが主張するように、請求の趣旨の不明確をきたすものではない。この点に関する被告らの主張もまた理由がない。

二、当裁判所の職権による判断

(イ)  原告らの被告松浦市に対する予備的請求の適否

原告らは、被告松浦市市長に対する本件公売処分の無効確認又は取消の請求が認められないときは、予備的に、被告松浦市に対して国家賠償法に基づき損害賠償を請求するということが、かかる、いわゆる請求の主観的予備的併合が適法であるかどうかを検討する。

請求の客観的予備的併合と同様に請求の主観的予備的併合を許容することは原告の便宜ないしは訴訟経済の原則には合致するであろう。しかし、かかる訴訟形式は、被告の訴訟上の地位を著しく不安定、不利益にし、訴訟手続の安定を害することになり、また、控訴のばあいの移審の効力と共同訴訟における共同訴訟人独立の原則との関係において困難な問題を生ずる。かかる弊害を忍んでもなお原告の便宜ないし訴訟経済を固執する理由はないから、結局、請求の主観的予備的併合は許されないと解するのが相当であるる。

(ロ)  原告らが本件公売処分の無効確認又は取消を求める利益について。

原告らは、本件公売物件の全部について抵当権又は所有権を有していたわけではないことは原告らの主張自体によつて明らかである。

ところで原告らが本件公売処分の無効確認又は取消を求める利益は、本件公売処分によつて、原告らが本件公売物件について有していた抵当権又は所有権を侵害されたというにあるから、抵当権又は所有権の目的となつていない物件についても、本件公売処分の無効確認又は取消を求めるについては、原告らに訴の利益があるかどうかを考察しなければならない。

これに対し、原告らは、本件公売物件中原告らの抵当権又は所有権の客体となつていない物件は、右の権利の客体たる物件とともに不可分に公売されたものであるから、本件公売物件の一部についてのみ本件公売処分の無効確認又は取消を求めることは不可能である。従つて、原告らは、本件公売物件全部について本件公売処分の無効確認又は取消を求める利益があると主張する。

よつて按ずるに、後記のように、本件公売処分は、公売物件を鉱業権、土地、家屋及び機械器具その他の動産の四種に分け、見積価格を鉱業権金二九五万円、土地金四五万円、家屋金一九五万円、機械器具その他の動産金四九〇万円と定めて公告し、これを入札公売の方法によつて、鉱業権金三〇〇万円、土地金五〇万円、家屋金二〇〇万円、機械器具その他の動産金五〇〇万円の公売価格で公売したものであるからら、右の四種の物件ごとに各別に公売処分の無効を確認し又はこれを取り消すことが可能であるようにもみえる。

しかしながら、本件公売処分は、右のような見積価格の公告、公売価格の決定をしているにもかかわらず、その実は後記認定のように一括公売の方法によつてなされたものであるから、原告らは、本件公売物件の全部について抵当権又は所有権を有するわけではないけれども、本件公売物件全部について公売処分の無効確認又は取消を求めるほかはなく、この点において原告らの訴の利益に欠くところはないものといわねばならない。

第二、原告らの抵当権

原告らの抵当権については、被告振興飛島はその大部分を認め、また、被告松浦市市長、同松浦市は、原告ら主張の登録登記があることを認めていることは請求原因事実に対する被告らの認否の項に記載のとおりである。従つて、争いのない点は、右の記載を引用し、以下、争いがある被告との関係で、争いがある部分につき、証拠により、請求原因に記載の順序に従い、逐一検討する。

一、原告開銀の抵当権

(1)の抵当権の存在は、証人伊田章、村田光一の各証言及び同証言によつて成立を認める甲第一号証の一、右伊田章の証言によつて成立を認める甲第一〇、一一号証の各一、二並びに当事者間に成立につき争いがない甲第四号証の一ないし三、同第六号証の一ないし四七によつて、これを認める。

(2)の抵当権は、証人伊田章の証言及び同証言によつて成立を認める甲第一号証の二、三、五、六、証人楢原章五の証言及び同証言によつて成立を認める同号証の四、並びに成立に争いがない甲第四号証の一ないし三、同第六号証の一ないし五、七ないし九、一一ないし一六、二一ないし二七、三九ないし四五によつてこれを認める。

二、原告中小公庫の抵当権

(1)aの抵当権は、証人楢原章五の証言及び同証言によつて成立を認める甲第一号証の四、証人伊田章の証言によつて成立を認める同号証の五、六、証人芳賀達雄の証言及び同証言によつて成立を認める甲第一九号証の一ないし四、成立に争いのない甲第四号証の一ないし三、同第六号証の一ないし五、七ないし九、一一ないし一六、二一ないし二七、二九ないし四五、によつてその存在を認める。

bの抵当権は、証人楢原章五、伊田章、広岡啓之助の各証言及び同証言によつて成立を認める甲第二号証の五、証人芳賀達雄の証言及び同証言によつて成立を認める甲第一九号証の一ないし四、並びに成立に争いのない甲第四号証の一ないし三、同第六号証の一ないし五、七ないし九、一一ないし一六、二一ないし二七、二九ないし四五、によつて、これを認める。

cの抵当権は、証人伊田章の証言及び同証言によつて成立を認める甲第二号証の七、八証人芳賀達雄の証言及び同証言によつて成立を認める甲第一九号証の一ないし四並びに成立に争いのない甲第四号証の一ないし三によつて、これを認める。

(2)の抵当権は、証人田中正哲の証言及び同証言によつて成立を認める甲第二号証の一一ないし一三、証人芳賀達雄の証言並びに成立に争いのない甲第四号証の六、同第五号証の一ないし七五、同第六号証の四九ないし六三によつてこれを認める。

三、原告福銀の抵当権

(1)の抵当権は、証人小林格の証言及び同証言によつて成立を認める甲第三号証の一、証人行徳正一の証言によつて成立を認める甲第三号証の二、三並びに成立に争いがない甲第四号証の一ないし三、同第六号証の一〇、一七、二四ないし三四、四六ないし四八によつてこれを認める。

(2)の抵当権は、証人村山茂の証言及び成立に争いがない甲第四号証の六、同第五号証の一ないし七五、同第六号証の四九ないし六三によつてその存在を認める。

(3)の抵当権は、証人向実の証言及び同証言によつて成立を認める甲第三号証の七、八並びに成立に争いがない甲第四号証の七によつて、これを認める。

以上各認定を左右するに足りる証拠はない。

第三、本件公売処分の存在

被告松浦市市長が、被告松浦市の被告振興飛島に対する昭和二八年度ないし三〇年度における固定資産税、町民税、鉱産税及び償却資産税等合計金約一三〇万円の滞納処分として、昭和三一年三月一二日、同月一三日日、同年八月四日及び同月八日の四回にわたり、別紙目録(一)ないし(四)記載の鉱業権、土地、家屋及び機械器具その他の動産を差し押え、ついで、同年九月二〇日、右差押物件の見積価格を鉱業権金二九五万円土地金四五万円、家屋金一九五万円及び機械器具その他の動産金四九〇万円と定めて公売公告し、同年一〇月五日の公売期日において、被告山本猛夫が、右物件全部を、鉱業権金三〇〇万円、土地金五〇万円、家屋金二〇〇万円、機械器具その他の動産金五〇〇万円で落札したことは、原告らと被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社の間ではすべて争いがなく、原告らと被告松浦市市長、同松浦市との間では別紙目録(四)記載の物件中(1)(10)(182)の物件が差押公売されたことを除いて、原告らと被告振興飛島との間では別紙目録(四)記載の物件が差押公売されたことを除いて、いずれも当事者間に争いがなく、右の争いのある部分は、証人中西毎也の証言及び成立に争いのない乙第四号証の五によつて、これを認めることができる。他に右認定を妨ぐる証拠はないい。

第四、本件公売処分のかしについて

一、本件公売処分の無効原因

原告らは、本件公売処分のかしとして、前記請求原因第三項(イ)ないし(ト)の違法事由を主張し、その違法事由は、いずれも本件公売処分の無効又は取消原因たるものと主張するけれども、そのかしがいずれも本件公売処分を当然無効ならしめるほど重大かつ明白であることは、これを認めるに足りる証拠がないから、本件公売処分が当然無効であるとの原告らの主張は理由がないといわなければならない。

二、本件公売処分の取消原因

よつて、本件公売処分に取消原因たるかしがあるかどうかを検討する。

原告らは、まず、本件公売処分は、公売物件の見積価格及び公売価格が客観的な時価に比して著しく低れんである。かかる公売処分は、見積価格の決定についての被告松浦市市長の裁量の範囲を逸脱するもので違法である、と主張するに対し、被告らは、公売処分における見積価格の決定は、収税官吏の自由裁量に属し、かりに見積価格が客観的な時価に比し著しく低れんであるとしても、それを理由に公売処分の効力を争うことは許されない、と主張するので按ずるに、差押財産を公売処分に付するばあいは、収税官吏は、その財産の価格を見積り、これを公告しなければならない(国税徴収法施行規則第二三条)が、見積価格決定の基準については国税徴収法その他の関係法規になんら規定はないから、収税官吏は、相当と認める方法によつて見積価格を決定すれば足りるけれども、入札公売の方法によつて公売するばあいは、入札価格のうち見積価格に達したものの中から最高価格で入札したものに落札を許すのであり、見積価格は滞納者及びその債権者らの権利に重大な影響を及ぼすものであるから、収税官吏は見積価格の決定にあたつては滞納者その他のものの権利を不当に侵害しないよう慎重に考慮し、客観的な時価を基準として公売の特殊性を考慮して公売物件の妥当な価格を見積るべき義務があり、客観的な時価に比して、著しく低れんな価格を見積り、その結果著しく低れんな価格で公売することは違法であるというべきである。

そこで、本件公売処分における公売価格が、客観的な時価に比し著しく低れんであるかどうかを検討しなければならない。

本件公売処分における公売物件の見積価格が、鉱業権金二九五万円、土地金四五万円、家屋金一九五万円機械器具その他の動産金四九〇万円(合計金一、〇二五万円)であること、公売価格が鉱業権金三〇〇万円土地金五〇万円家屋金二〇〇万円、機械器具その他の動産金五〇〇万円(合計金一、〇五〇万円)であることは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、右公売価格が不当に低れんであるかどうかを判断するに先立ち、本件公売処分が一括公売の方法によつてなされたものかあるいは分割公売かを考察する必要がある。

なんとなれば、分割公売によつたものであれば、右の四種の物件ごとにその公売価格が不当に低れんであるかどうかを判断すべきであるが、一括公売であれば、右の物件ごとの価格の当不当を問題とすべきではなく、右の物件全部の価格の合計額が不当に低れんであるかどうかを判断しなければならないことになるからである。

よつて、この点を検討するに、証人大石仁市、中楯理重、坂本祐二郎の各証言をあわせ考えると、本件公売処分の実施にあたつた公売当時の被告松浦市の市長中楯理重、税務課長坂本祐二郎、徴収係長大石仁市らは、本件公売物件は炭鉱という一つの組織体であるから、それを組成している鉱業権、土地、家屋及び機械器具等の財産を一つ一つ分離しては企業を破壊することになつて価値がなく、従つてこれを分離して公売しても入札者又は競買人はなく、徴税の目的を達することはできないから、はじめから炭鉱全体を差押公売する方針で滞納処分に着手したこと、それ故、本件公売物件の見積価格は、その物件を鉱業権、土地、家屋及び機械器具その他の動産の四種に分けてその物件ごとの見積価格を公告したけれども、その見積価格は、その物件が、炭鉱という事業体を離れて有する価格ではなく、あくまで炭鉱を組成する一分子としての評価であること及び成立に争いのない乙第三号証によつて認められるように公売公告には公売の方法として財産番号別による一般競争入札と記載されているけれども、右大石仁市は、公売期日において、ただ一人の入札者である被告山本猛夫に対し、公売公告では分割公売ということになつているが、一括公売だからその積りで入札してもらいたい旨注意を与えた事実を認めることができる。右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そして、同被告が、本件公売物件全部を落札したことは前記のとおりである。

右の事実によると、本件公売処分は一括公売の方法によつて行われたと認めるのが相当である。

そうだとすると、本件公売価格が不当に低れんであるかどうかを判断するについては、本件公売物件全部の公売価格合計が重要であつて、前記の四種の物件ごとの価格の当不当が問題となるのではない。

よつて、本件公売物件の価格につき検討を進める。

本件公売物件の価格につき、二通りの鑑定があるから、その鑑定価格を次に掲げる。

(一)  鑑定人山田穰、岡本勇象、角田重喜千、松下久道の鑑定

昭和三一年九月一五日現在

同年一〇月五日現在

昭和三二年一〇月三〇日現在

鉱業権

一四三、八三五、〇六〇円

一四三、七九三、三二〇円

一四二、八五六、二八〇円

土地

八四四、〇三〇円

同上

同上

家屋

九、一二三、六一八円

同上

同上

機械器具等

三七、三三三、〇〇〇円

三六、八六三、〇〇〇円

三〇、七二八、〇〇〇円

桟橋、坑道

八、〇一一、〇〇〇円

七、九九五、〇〇〇円

七、七〇五、〇〇〇円

合計額

一九九、一四六、七〇八円

一九八、六一八、九六八円

一九一、二五六、九二八円

(右の合計額が右の全物件の一括売却の価格)

(二)  鑑定人山川保の鑑定

昭和三一年九月一五日及び同年一〇月五日現在

昭和三三年一〇月一五日現在

鉱業権

四五、三〇〇、〇〇〇円

一三、五九〇、〇〇〇円

四四、〇一九、二〇〇円

一三、二〇五、七六〇円

土地

六二一、五一五円

五五九、三六三円

六二一、五一五円

五五九、三六三円

家屋

四、四二一、三七〇円

八八四、二七四円

三、四〇四、四五五円

六八〇、八九一円

機械器具等

九、八七三、二八五円

五、一五六、三六三円

六、五七二、七二五円

三、六〇九、五九一円

合計額

六〇、二一六、一七〇円

二〇、一九〇、〇〇〇円

五四、六一七、八九五円

一八、〇五五、六〇五円

(Aは右全物件の一括売却の価格、Bは物件ごとの一括売却の価格)

なお、右の(一)の鑑定においては、桟橋及び坑道も評価しているが、それは土地に附着しているから、土地の評価額に加算すべきものとも考えられる、とされている。また、(二)の鑑定においては、物件全部を一括して売却するばあいの価格(A)と各物件ごとに一括売却するばあいの価格(B)の二様の評価がされているが、右鑑定物件は、炭鉱経営に必要な物件のすべてを包含しているわけではなく、右物件以外に炭鉱経営上必要欠くべからざる重要物件が多数あり、これらの物件も取得しなければ炭鉱の経営は不可能である。従つて右物件のみでは、たとえ一括売却のばあいでも評価類はAではなく、Bである、とされている。

右の坑道、桟橋その他の物件が本件公売物件に含まれているかどうかについては当事者間に争いがあり、それによつて評価額も大いに異るものであるから、次にこの点につき考察する。

証人山川保は、炭鉱経営上必要な物件で鑑定物件目録にないものとして、坑道、レール、桟橋、貯炭場及び沈澱池があると証言している。

これらの物件が差押調書、公売公告、公売決定書の各物件目録に明記されていないことは、成立に争いがない乙第二四号証の一ないし四、第二六号証の一、二、第二七号証右人大仁市の証言によつて成立を認める乙第二五号証の一ないし三、成立に争いがない乙第三号証、第四、六号証の各一ないし五によつて明らかである。

しかしながら被告松浦市市長は、前認定のように、炭鉱は組織体であり、一部の財産の差押公売は企業を破壊することになる。従つて一部の財産では価値がなく、買受人がないから、最初から炭鉱全体を差押公売する方針であつた。

そして、証人大石仁市、田中彰の各証言によれば、実際に機械器具その他の動産の差押手続にあたつた被告松浦市の徴収係長大石仁市は、飛島所在の被告振興飛島所有の全動産を差押する考えであつたが、坑外、坑内にわたる動産を一々点検していくことは不可能又は極めて困難と判断し、被告振興飛島の当時の代表者であつた田中彰に店卸資産帳の物件目録の提出を求め、そのうち重要と思う物件について点検する方法をとり、差押調書謄本には右物件目録を差押物件目録として添付して同被告に交付したこと及び右の物件目録が差押調書、公売公告、公売決定書の各物件目録とされたことを認めることができる。

また、右大石仁市及び証人中楯理重の各証言及び被告松浦市市長の原告らに対する差押通知書甲第一五、二〇、二一号証の各二(成立につき原告らと被告松浦市市長、同松浦市との間に争いがない。このことによつて他の被告との関係で成立を認める。)には、差押財産の表示として被告振興飛島の所有財産全部と記載されていることによつて、被告松浦市市長が、飛島炭鉱全体を差押公売したことを信じていたこと、従つて見積価格の決定については炭鉱全体が評価の対象とされたことを認めることができる。

そしてまた、証人碓井七郎、田中彰の各証言によると、本件公売物件を落札した被告山本猛夫及び滞納者被告振興飛島の当時の代表者であつた田中彰も飛島炭鉱全山が差押公売されたと考えて全部の引渡をしていることが認定されるのである。そして、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右の事実から判断すると、本件公売処分は、すくなくとも動産その他坑道、レール、桟橋、貯炭場及び沈澱池等飛島炭鉱経営に必要不可欠の物件については、飛島所在の被告振興飛島所有の全物件についてなされたものと解するのが相当であり、差押調書、公売公告、公売決定書に記載されていないものがあるけれども、それは、右大石仁市が、右田中彰に提出させた物件目録にたまたま記載されていなかつたからであつて、その記載にもれているからといつて、記載にもれた物件についての公売処分がなされなかつたものということはできない(従つて、公売からもれた物件があることについての証人山川保の前記証言及び証人中楯理重、田中彰の各証言はいずれも措信しない。)

そうだとすると、本件公売物件は、坑道、桟橋その他炭鉱経営上必要な物件は、すべてこれを含んでいることになり、(二)の鑑定人山川保の鑑定によれば本件公売物件の価格は同鑑定にいうBではなく、Aであるといわなければならない。

そこで、本件鑑定による本件公売物件の公売処分当時の価格は、(一)の鑑定による金一億九、八六一万八、九六八円(このうち坑道及び桟橋が金七九九万五、〇〇〇円)であり、(二)の鑑定による金六、〇二一万六、一七〇円である。

右の鑑定結果をあわせ考えると、本件公売物件の公売処分当時の価格は、すくなくとも金六、〇二一万六、一七〇円をくだらないものであることが認められる。

もつとも被告らは、本件公売価格は不当にれん価ではないと主張し、本件公売物件の評価につき考慮さるべき事実として飛島の立地条件その他の事実を主張しているが、その主張事実中飛島炭鉱を組成する物件のうち本件公売処分から除外されている物件があるとの事実は、前記のように当裁判所の認めないところであり、また、過去の経営が赤字であつたとの事実は、証人田中彰、中楯理重の各証言によつてこれを認めることができるけれども、右の事実は、証人山田穰の証言によつて認められるように、必ずしも評価の資料とすることはできず、その他飛島の立地条件、調査が不十分、鉱区が貧弱及び飛島炭鉱の施設は、腐蝕朽廃が甚だしかつたとの主張事実は、当裁判所の検証結果、証人田中彰、菅谷恒進、久富一夫、山田穰、岡本勇象、角田重喜千、松下久道及び山川保の各証言によつておおよそ認められるところであるが、証人山田穰、岡本勇象、角田重喜千、松下久道及び山川保の各証言によると、本件鑑定は、いずれもこれらの事実をしんしやくしてなされたものであることが認められるから、これらの事実をもつてしては、まだ、前記認定価格をくつがえすことはできない。そして、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

かえつて、原告らが主張するように、本件公売処分後まもなく本件公売物件を取得した被告上田鉱業株式会社が、現在までに総計金二億数千万円に及ぶ巨費を投じ、月産一万トンを目標として経営を続けている事実(このことは当事者間に争いがない。もつとも、被告らは、これは隣接鉱区の開発準備であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)及び被告上田鉱業株式会社が成立を争わないことによつて他の被告との関係で成立を認める甲第五六号証によれば、昭和三四年六月の出炭量が七、一五〇トンに達している事実並びに本件公売物件中土地及び建物については、被告松浦市市長が公売による登記嘱託にあたり、その課税標準額を公売価格たる金二五〇万円としていたのを長崎地方法務局今福出張所は、これを金一、〇〇〇万円と認定したこと(このことは当事者間に争いがない。なお、被告らは一般に登記所は、課税標準価格を時価よりも高く認定することがあり、特に本件の登記嘱託については事情があつて、高く認定されたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)は、前記認定価格が相当であることを裏づけるものということができる。

果してそうだとすれば、本件公売物件の公売当時の価格はすくなくとも金六、〇二一万六、一七〇円をくだらないものであり、被告松浦市市長としては、右の価格を基準として本件公売物件の妥当な見積価格を決定すべき義務があるにかかわらず、本件公売物件の見積価格金一、〇二五万円は、たとえ公売価格は一般に時価に比し低れんである事実を考慮に入れても、なお右の価格に比し著しく低れんであるといわざるをえず、その結果公売価格金一、〇五〇万円も右の価格に比し著しく低れんであることを認めなければならない。

よつて、本件公売処分は、その余の点について判断するまでもなく、この点においてかしがあり、そのかしは、本件公売処分の取消原因たるものと認定するのが相当である。

右の本件公売処分のかしは、公売処分当時、被告松浦市の財政状態が極度に苦しく、市長は財政再建のため非常な努力を続けていた最中に被告振興飛島は滞納税の納付になんら誠意を示さず、やむをえず本件公売処分がなされたこと及び被告松浦市市長が市政再建のため私心なくその職務を遂行した事実(このことは成立に争いのない乙第二九号証の一、証人中楯理重、大石仁市、坂本祐二郎、田中彰の各証言によつて認められる。)によつては、これを動かすことはできず、他に本件公売処分が適法であることを認めるに足りる証拠はない。

第五、本件公売処分の無効確認又は取消請求について。

前記のように、本件公売処分には無効原因たるかしはないから、その無効確認を求める原告らの請求は失当であるが、本件公売処分には取消原因たるかしがあり、しかも、本件公売処分を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるべき事情はないから、本件公売処分は取消を免れない。

第六、被告振興飛島に対する抵当権設定登録登記の回復請求について。

本件公売処分が取り消されると、本件公売処分の効力は消滅するから、被告振興飛島は、別紙目録(一)ないし(四)記載の物件について所有権を回復する。しかして、原告らが、別紙目録(一)ないし(三)記載の物件について、抵当権を有していたことは前記のとおりであるが、この抵当権も復活することになる。よつて、被告振興飛島は、原告らに対し、本件公売処分によつて抹消された抵当権設定登録登記の回復登録登記手続をすべき義務がある。

第七、被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に対する抹消登録、登記手続請求について。

本件公売物件が、被告山本猛夫によつて落札され、被告飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に順次売買によつて譲渡され、同被告らは、それぞれ主文第二項記載の登録登記手続を経由したことは当事者間に争いがない。

しかして、本件公売処分が取り消されると、右物件の所有権は被告振興飛島に復帰し、右被告らの登録登記は実体的原因を欠くことになるから、同被告らは、被告振興飛島に対し、右の登録登記の抹消登録登記手続をすべき義務がある。

しかし、被告振興飛島が、右の登録登記請求権を行使しないことは、同被告は、本件公売処分が適法であると主張していることによつて明らかであるから、原告らが、同被告に対する抵当権設定登録登記の回復登録登記手続請求権を保全するため、同被告に代位して被告山本猛夫、同飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に対し、右の抹消登録登記手続を求める請求は理由がある。

(なお、被告らは、行政処分の取消は第三者の権利を害することができないと主張するが、かく解すべき根拠はない。)

第八、原告開銀の被告上田鉱業株式会社に対する機械器具の引渡請求について。

原告開銀は、別紙目録(四)記載の物件中(1)(10)(13)(19)(123)(182)(209)(219)の機械器具につき所有権を主張し、本件公売処分が取り消されるときは、所有権又は原状回復請求権に基づいて、右物件を占有している被告上田鉱業株式会社に対し、右物件の引渡を求めると主張するが、被告らは、原告開銀の右物件に対する所有権及び対抗要件を争い、かりに、同原告が所有権及び対抗要件を有していたとしても、同被告は、右物件を即時取得したから、原告開銀の主張は理由がないと主張するから、この点について判断する。

証人伊田章、村田光一の各証言及び同証言によつて成立を認める甲第一号証の一によれば、原告開銀は、昭和二九年九月七日、被告振興飛島及び訴外振興鉱業開発株式会社に貸しつけた金二、五〇〇万円の債権の担保として、別紙目録(四)記載の物件のうち(1)(10)(13)(19)(123)(182)(209)(219)の物件の所有権の移転をうけ、占有改定によつて引渡をうけたことを認めることができる。

よつて、即時取得の主張につき按ずるに、右物件は、被告山本猛夫によつて落札され、被告飛島炭鉱株式会社、同上田鉱業株式会社に順次売買譲渡されたことは当事者間に争いがないところであるが、同被告らは、同被告らが右物件の引渡をうけた日時は、被告山本猛夫が昭和三一年一〇月八日、被告飛島炭鉱株式会社が同月一二日、被告上田鉱業株式会社が同年一二月一日であると主張する。

しかして、被告山本猛夫が、昭和三一年一〇月八日に右物件の引渡をうけたことは、証人大石仁市、碓井七郎、田中彰の各証言を総合して、これを認めることができるけれども、右の各証言を総合すると、その引渡は占有改定の方法によつたことが認められ、占有改定による引渡は即時取得の要件をみたさないと解するを相当とするから(昭和三〇年(オ)第二二五号、同三二年一二月二七日第二小法廷判決、集一一巻一四号二四八五頁参照)、被告山本猛夫は、右物件の即時取得をするに由なく、また、被告飛島炭鉱株式会社が右物件の引渡をうけたことはこれを認めるに足りる証拠はないから、同被告の即時取得もこれを認めることができない。さらにまた、被告上田鉱業株式会社が右物件の引渡をうけたことは、証人久富一夫の証言によつてこれを認めることができるけれども、その引渡をうけた日時はこれを認めるに足りる証拠はない。右物件については、昭和三一年一〇月二六日、原告開銀の申請に基づき被告松浦市、同振興飛島、同山本猛夫を被申請人として、占有移転禁止の仮処分がされていることは当裁判所に顕著であるから、同日以後の引渡は原告開銀に対抗しえないことを考えると、同日以前に被告上田鉱業株式会社が右物件の譲渡、引渡をうけたことの主張立証がない以上その余の点について判断するまでもなく、同被告の即時取得の主張もこれを認めることができない。

以上の次第で、原告開銀は、右物件の所有権を有していたものであり、かつ、被告らの即時取得の主張は理由がないから、同原告は、本件公売処分の取消によつて右物件の所有権を回復し、右物件を占有している被告上田鉱業株式会社に対し、所有権に基づいて、右物件の引渡を求めることができる。よつて、原告開銀の右引渡請求も正当である。

(なおこの点についても被告上田鉱業株式会社は行政処分の取消は第三者の権利を害することができないと主張するが、かく解すべき根拠のないことは前記のとおりである。)

第九、被告松浦市に対する損害賠償請求について。

被告松浦市に対するいわゆる主観的予備的併合が不適法であることは前記のとおりであるから、右請求は却下を免れない。

第一〇、結論

以上説示のとおり、原告らの第五ないし第八の請求は、正当であるからこれを認容し、第九の訴は不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高次三吉 粕谷俊治 江藤馨)

(別紙目録省略)

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